孫っきゃ騎士@さようなら

禿げたアタマ

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人間失格
人間失格
人間失格
太宰 治

互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、あざむき合っている事にさえ気付いていないみたいに、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間の生活に充満しているように思われます。けれども、自分にはあざむき合っているという事には、さして特別の興味もありません。自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。自分は、終身教科書的な正義とか道徳には、あまり関心が持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。(本文より)


僕は、前向きに生きている人、努力は必ず報われると信じてやまない人達が口にする生きることの素晴らしさや生きることの意味について何度か聞かされたことがあるのですが、そういう人に限って何故かタバコを吸うんです。タバコというのは、自らの健康を損なうことがあるのは勿論のこと、周りにいる人にまで害を与えるのは誰もが既知の事実でしょうが、そういう所謂、自らの寿命と環境を損なわせてる人が語る『前向き』『努力』というのが、僕には不可解なんです。自らのフラストレーション、苛立ちをタバコに依って鎮め、ニコチン切れに打ち勝てない人達が、そういった事実をまるで無いことの様に黙殺して、僕に訴える前向きに生きることと努力が必ず報われることの真意が正直、僕には不明だからです。どうして、こんな話をしたかというと、人間失格の文庫本の値段とタバコの値段が同じくらいだからです。人間失格という作品とタバコという製品は、日本という国家で共通の価値の目安である金銭に置き換えれば、同価値ということです。だから、タバコの話をしました。また、僕の様に早く死にたいとか言ってる人がタバコを吸わないのも不可解な話であり、だからと言って、吸いたいとも思えないのが素直な心持ですが。

前置きが長くなりましたが、太宰治の『人間失格』です。もう3度目かな?ちゃんと読むのは。パラ読みを含めたら、10回くらいは読んでいると思います。1年振りぐらいに読んでみたのですが、やはり新しい発見があるもんですね。きっと、この1年間で他にも何冊も小説を読んできたからなんだと思っています。

例えば、第一の手記を読んでて、葉蔵は他人のことを『人間』っていう三人称で呼ぶんですけど、僕にはそれが気になったんです。どうして、『人は』とか『他人は』とかじゃなくて『人間』って言葉をチョイスしたのか?人が他人を『人間』呼ばわりするのって、どこか蔑みや侮蔑の色があると思いませんか?はじめは、葉蔵って人は、不信の中で清く明るく朗らかに生きている人達を見下しているのかな?とも考えたのですけど、第三の手記を読んで

人間、失格。

という言葉を見たときに、嗚呼、三人称に『人間』を使うのは、きっと葉蔵が人間じゃないからなんだなぁって思ったんです。自分は人間じゃないから、他人、即ち人間は人間と呼称して然るべきなんだって。確かに、犬や猫が主人公の小説は、人を人間という。人外の者は人を人間という。だから、蔑みや侮蔑の意味に捉えるとしっくりこなかったんだなぁって。だって、葉蔵は、こんなに純粋で痛がり屋で不器用なんですもの。どこまでも可哀想な人だったんだなって思えてきました。前回に読んだときは、ほんとにダメな人間だなってしか思えなかったんですけど、今回は可哀想な人だったんだなって思えたんです。可哀想って言葉を使うのは大嫌いだし、ダメに変りはないのですけどね。そんなことを思いました。他にも新しく思ったり感じたりしたことは、いっぱいあったように思います。

僕は、前回読んだときは『当て付け』の小説だと思ってたんですけど、今、こうして読んでみると、当て付けなんかじゃなく、もっと高貴で純粋なプロテストなんだなぁと思いました。

人間失格のあらすじですが
人間失格のあらすじ


田代まさしみたいな話。


| 趣味のはなし | 21:40 | comments(2) | trackbacks(0) |
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うまい、座布団1枚
| omg | 2004/09/22 8:33 AM |
>omgさん

えへへ。座布団うれしいな。
大泉は、こん平師匠の復帰を心よりお待ちしております。

では、いきますー

1〜

2〜

3〜

ゲイ
| 大泉 | 2004/09/22 1:57 PM |









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