孫っきゃ騎士@さようなら

禿げたアタマ

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夏はやっぱりポテチ談義!??

夏はやっぱりポテチですかね?

ポテチ談義
| 趣味のはなし | 17:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
夏はやっぱりカレー談義
なんつーか、スカイプで知らない人とガチで熱く語り合いたいみたいな企画で、知り合ったばかりの人とカレーについて語ってみました。

なんか面白かったら、これからもいろんな人と話してみたいです。

カレー談義
| 趣味のはなし | 17:00 | comments(3) | trackbacks(0) |
朗読者
朗読者
朗読者
ベルンハルト シュリンク, Bernhard Schlink, 松永 美穂

ハンナに質問した弁護士に向かって、裁判長はもっと質問があるかと尋ねた。それから、ハンナの弁護士に、質問はあるかと尋ねた。質問してくれよ、と僕は思った。訊いてやってくれよ、弱くて華奢な女の子はどっちみち建設現場での作業に耐えられないから選んだのではないか、と。どっちみち次の移送でアウシュビッツへ送られてしまうのだから、最後の一ヶ月間を少しは楽なものにしてやろうとしたではなかったか、と。言ってやれよ、ハンナ。最後の一ヶ月を楽にしてやりたかったって。だから華奢で弱い子を選んだって。それ以外に理由はない、あり得ないって。
 しかし、ハンナの弁護士は質問をしなかった。そして、ハンナ自身から口を開くことはなかった。(本文より)


ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」です。
えっと、読んでる途中で、あり得ないぐらい号泣しました。
こんなに泣くことが恥ずかしいとさえ思ったくらい泣きました。

悲しすぎる。

36歳の女と15歳の少年の恋愛。
愛した女が戦争犯罪者だったら?
ドイツっていう御国柄ゆえの過去への葛藤と苦悶。
主人公がとった態度。
ハンナの生涯。
「ぼくは彼女の朗読者でした」
『わたしへの手紙はありませんか?』


お勧めです。

話のあらすじですが
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| 趣味のはなし | 11:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
博士の愛した数式
博士の愛した数式
博士の愛した数式
小川 洋子

「実生活の役に立たないからこそ、数学の秩序は美しいのだ」
と、博士が言っていたのを思い出す。
「素数の性質が明らかになったとしても、生活が便利になる訳でも、お金が儲かるわけでもない。もちろんいくら世界に背を向けようと、結果的に数学の発見が現実に応用される場合はいくらでもあるだろう。楕円の研究は惑星の軌道になり、非ユークリッド幾何学はアイシュタインによって宇宙の形を提示した。素数でさえ、暗号の基本となって戦争の片棒を担いでいる。醜いことだ。しかしそれは数学の目的ではない。真実を見出すことのみが目的なのだ」(本文より)


小川洋子の『博士の愛した数式』です。
僕は数学大嫌いなんですけど、これを読んで数学が、好きにはならないまでも興味が沸きました。アルティン予想やフェルマーの最終定理、オイラーの公式とかをインターネッツで調べるようになり、そのうち「シュレディンガーの猫」や「月を見ていない時、その月は存在するのか?」等の言葉も知って、数学者や物理学者って、リアリストというよりも、僕なんかより遥かにロマンティストなんだなって思いました。そうCCBみたいにロマンティックが止まらないし、ドラゴンボールのエンディングの曲みたいにロマンティックをあげれる人達なんでなって。月を見上げて、自分が目を離した隙に、この月がどっか行ってるかも知れないっていうのを数字で証明できるなんて、なんて素敵なんでしょう。全ての素子が互いに惹かれあうことの証明なんてのは、本当にロマンティックです。証明の内容はサッパリですけど、概要にはトキメキます。

そんな風に数学、数字に対しての博士の愛情溢れる物語です。28歳バツイチ子持ちの家政婦と、その息子の阪神タイガースファンの10歳のルートくんと交通事故によって記憶が80分しか持たなくなった天才数学者の博士の心温まるお話です。読む度、泣いてしまいます。泣ける。女性が書く小説っていいですよね。って、あれ?僕、前にも同じような記事書いてるかも…僕の脳味噌は前頭連合野のメモリ機能が著しく低下してるので、こういうことは多々あります。僕のは単なるバカですが、博士のは病気ね、記憶障害。

数字に対してうんちくや、ロマンティックに語りたい人にお勧めします。
生理の周期や、チンポのサイズ、肛門のシワの数…
そういったものにいちいち驚き、フェルマーやデカルトを引っ張り出して、その数字の素晴らしさを説明したくなるような一冊です。

あー、やっぱり前に似たようなの絶対書いてる。まぁ、いいや、もう引っ込みつかないもん。

僕のチンポのサイズは6センチ。それは、この世でもっとも小さい完全数。世界が最初に出会う完全数。完全数は、自らの約数の和が、自らと同じ数字になる美しい秩序を持った愛すべき数字。それまで小さくて悩みだった自分のチンポの大きさが、完全数だったと知って、なんだか自信に変りました。今は誰の前に出しても恥ずかしくない誇りあるチンポです。それを教えてくれたのが、この『博士の愛した数式』でした。自分にまとわりつく数字に悩みがあるみんな、これを読んで、その数字を愛してあげたらいかがかしら?きっと見える世界が変るから。


| 趣味のはなし | 15:05 | comments(10) | trackbacks(0) |
蹴りたい背中
蹴りたい背中
蹴りたい背中
綿矢 りさ


さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体?オオカナダモ?ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう高校生だし。ま、あなたたちを横目で見ながらプリントでも千切ってますよ、気怠く。っていうこのスタンス(本文より)


綿矢りさの『蹴りたい背中』です。
色んなサイトの読者レビュー読んでて、前々から気になってので思い切って読んでみました。なんで気になってたのかって、評価が最低か最高ばかりなんですもの。若い世代は圧倒的支持で満点。中年世代は、クソミソの最低評価。こんなに分かり易い分類で評価が分かれるのって珍しいと思って読んでみたんです。

読んだ感想、おもしろかった。

三時間もかからないで全部読み終えちゃった。読ませるというか、ノリが角川スニーカー文庫的というか、広井王子が書いてたグランゾートの小説読んでボロボロないた小学校の頃を思い出しました。魔神英雄伝ワタル読んだときとか、ロードス島戦記読んだときとか、あーいう感じのページのめくり方でした。気が付いたら読み終わってました。

晦渋さが、まるでない。

これに尽きると思います。だから、若い世代は、読んだままを素直に共感できるし、文学青年とかという言葉が、まだ普通に根付いていた時代に生きてきた小説好きな中年の人達には、全く物足りないんじゃないかと思います。「女子高生の日記を道端で拾って読んだみたいだった」とか「私が蹴りたいのは、コレを芥川賞に選出した審査員の背中です」とか手厳しい感想も、いっぱい見かけますが、別にいいんじゃないでしょうか?綿矢りさは可愛い。可愛くて若くて、これだけ書ければいいんですよ。「文壇界のモー娘。を作ってどうする!」って、激怒した関係者もたくさんいたらしいですが、活字離れが進んで小説が売れなくなった御時世ですもの、可愛けりゃいいんです。可愛いもんなぁ。あ、僕はゲイなので関係ないですけどね。

そのうち、リサリサはビストロスマップに出そうや。オーダー?ウィームッシュ?ハッ。ていう、そのスタンスを見せて欲しい気がします。

話の内容なんですけど、なんていうか、登場人物のオリちゃんっていうモデルがですね、名前がオリちゃんなんで、僕の中ではオリバー・カーンみたいなごっつい女になってしまっているのと、オリちゃんのライブの時に出てきたDJのモデルが僕なんじゃないの?って思ったんです。僕がロザリオさんだったら、綿矢さんに抗議の手紙を出すとこでしたよ。拝啓、通報は控えますが、お元気でしょうか?オリちゃんはDJをないがしろにしすぎです。オリちゃんの本名は月野オリモノですから、生理ナプキン専用のモデルでファーストライブは、タイトル『初潮』なんですよ。とにかく、DJをないがしろにしてるのがイヤだったなぁ。あとね、「うそ、やった、さわりたいなめたい、」って僕の切れた唇をハツちゃんが舐めるシーンがあって…ハァハァ…ダメだよ、僕はゲイなんだ…そんな…って、身体が火照りました。あ、僕じゃないや、にな川っていうオリちゃんのストーカーで、オリモノ関連のナプキンだタンポンだの集めて衣装ケースに詰め込んでる変態がいるんですよ、それのモデルも僕なんですけどね。そいつの切れた唇を主人公のハツちゃんが舐めるの。あと、にな川がナプキンとオリちゃんのアイコラ作ってたわ。女子って水泳の授業が終わった後、水着を脱いでパンティー履くときにバスタオルの上から陰毛見るんですね。涙が出ました。あと硬いブラジャーって体操着の上から鉛筆で擦るとブラジャーの模様が体操着に浮かび上がるんですね。あといきなりブラジャーを外されそうになると女子はワキの下に力を入れるんですね。あと最近の若者は体育座りを三角座りっていうんですね。じゃあ、三角コーナーは体育コーナーで、だん吉なおみのおまけコーナーは便所にあるのかよ?って話になるけど、とにかくブラジャーへの関心が高まったブラジャーの小説が「蹴りたい背中」です。僕には女子高生の夕立に打たれた後の透けたブラウス、ブラ紐、世界で一番興奮する知恵の輪って、そういうブラホックだって、たしかゲーテかニーチェが言ってたし、トルストイも大好きだって言ってたよ。僕はゲイだから興味ない。

蹴りたい背中のあらすじ
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| 趣味のはなし | 23:19 | comments(0) | trackbacks(1) |
人間失格
人間失格
人間失格
太宰 治

互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、あざむき合っている事にさえ気付いていないみたいに、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間の生活に充満しているように思われます。けれども、自分にはあざむき合っているという事には、さして特別の興味もありません。自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。自分は、終身教科書的な正義とか道徳には、あまり関心が持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。(本文より)


僕は、前向きに生きている人、努力は必ず報われると信じてやまない人達が口にする生きることの素晴らしさや生きることの意味について何度か聞かされたことがあるのですが、そういう人に限って何故かタバコを吸うんです。タバコというのは、自らの健康を損なうことがあるのは勿論のこと、周りにいる人にまで害を与えるのは誰もが既知の事実でしょうが、そういう所謂、自らの寿命と環境を損なわせてる人が語る『前向き』『努力』というのが、僕には不可解なんです。自らのフラストレーション、苛立ちをタバコに依って鎮め、ニコチン切れに打ち勝てない人達が、そういった事実をまるで無いことの様に黙殺して、僕に訴える前向きに生きることと努力が必ず報われることの真意が正直、僕には不明だからです。どうして、こんな話をしたかというと、人間失格の文庫本の値段とタバコの値段が同じくらいだからです。人間失格という作品とタバコという製品は、日本という国家で共通の価値の目安である金銭に置き換えれば、同価値ということです。だから、タバコの話をしました。また、僕の様に早く死にたいとか言ってる人がタバコを吸わないのも不可解な話であり、だからと言って、吸いたいとも思えないのが素直な心持ですが。

前置きが長くなりましたが、太宰治の『人間失格』です。もう3度目かな?ちゃんと読むのは。パラ読みを含めたら、10回くらいは読んでいると思います。1年振りぐらいに読んでみたのですが、やはり新しい発見があるもんですね。きっと、この1年間で他にも何冊も小説を読んできたからなんだと思っています。

例えば、第一の手記を読んでて、葉蔵は他人のことを『人間』っていう三人称で呼ぶんですけど、僕にはそれが気になったんです。どうして、『人は』とか『他人は』とかじゃなくて『人間』って言葉をチョイスしたのか?人が他人を『人間』呼ばわりするのって、どこか蔑みや侮蔑の色があると思いませんか?はじめは、葉蔵って人は、不信の中で清く明るく朗らかに生きている人達を見下しているのかな?とも考えたのですけど、第三の手記を読んで

人間、失格。

という言葉を見たときに、嗚呼、三人称に『人間』を使うのは、きっと葉蔵が人間じゃないからなんだなぁって思ったんです。自分は人間じゃないから、他人、即ち人間は人間と呼称して然るべきなんだって。確かに、犬や猫が主人公の小説は、人を人間という。人外の者は人を人間という。だから、蔑みや侮蔑の意味に捉えるとしっくりこなかったんだなぁって。だって、葉蔵は、こんなに純粋で痛がり屋で不器用なんですもの。どこまでも可哀想な人だったんだなって思えてきました。前回に読んだときは、ほんとにダメな人間だなってしか思えなかったんですけど、今回は可哀想な人だったんだなって思えたんです。可哀想って言葉を使うのは大嫌いだし、ダメに変りはないのですけどね。そんなことを思いました。他にも新しく思ったり感じたりしたことは、いっぱいあったように思います。

僕は、前回読んだときは『当て付け』の小説だと思ってたんですけど、今、こうして読んでみると、当て付けなんかじゃなく、もっと高貴で純粋なプロテストなんだなぁと思いました。

人間失格のあらすじですが
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| 趣味のはなし | 21:40 | comments(2) | trackbacks(0) |
今日は海の日
自画像

僕は夢を見ました。
海がね、僕にこう言うんです。

「たすけて!たすけて!大泉くん!みんなが僕を汚すんだ!」

僕は、汗びっしょりで目が覚めました。

僕は、小学校の頃からサーフィンをやっていたので、海のことを何よりも愛してる。だからかな?海が僕に訴えてきたんだよね。
僕は、海が苦しんでる様子を想像するだけで呼吸が苦しくなって、さっそく浜辺に向かいました。すると、浜辺にみんなゴミを捨てまくってるんですよ。タバコとか空き缶、弁当のパック、酷い人なんかルンペンとかも捨ててるんです。僕は、その様子を見て涙が止まらなかった。絶対に、この浜辺を綺麗にしたやると心に誓ったんです。

ごみ

集めるだけ集めました。もう涙が止まらなかった。それでも、ゴミを拾い続けました。

ごみ

手がゴミの拾いすぎで切れて血が出てきたけど、僕は辞めなかった。何故なら海を愛しているから。すると、それを見ていた人達が、

「あれ?もしかしてアレって伝説のサーファー大泉くんじゃない?」

って言い始めたんです。いや、確かに中学の時にはそんなことも言われてたけど、いまはシガナイDJにすぎないから、黙々とゴミを拾ってたんですよ。そしたら、昔、サーフィンの腕を一緒に競ってた鈴木くんが

すずきくん

「水臭いな。大泉。一緒にゴミを拾うぜ」

って言ってきてくれたんです。それで、浜辺のゴミを全部拾ったんですよ。
浜辺は、嘘みたいに綺麗になりました。鈴木くんは、僕にこう言いました。

「ありがとう、大泉。今日は本当にカッコイイってことがどんなことか教えてもらった気がするよ。俺達、サーファーは自分がカッコイイと思って波に乗ってたけど、本当は波に乗ってたんじゃなくて、自分の見栄とか世間の流行とかに乗らされてただけだった気がするよ。君こそ、本物のサーファーだよ!ありがとう!大泉!ありがとう!海を愛する漢!」

そう言って、みんなスタンディングマスターベーションで喜んでくれて…。僕は、ただただ「自分はただのゲイですから」って言ったんだけどね。みんなで、今度、この浜辺に僕の銅像作るって言うんです。伝説のサーファーっていうタイトルで銅像作るらしい。最初は、断ってたんだけど、どうしても銅像作るって、みんなきかなくて、だから、とうとう銅像作ってもいいか?って聞かれて

「どうぞぅ」

って言っちゃった。みんな泣いてた。

でも、なんていうか、そういう見返りとかが欲しかった訳じゃないんだよね。なんていうか、子供達にさ、少しでも綺麗な自然を残してあげたかったんだ。

子供達の笑顔がさ、何よりの御褒美だと思うから。
| 趣味のはなし | 12:41 | comments(4) | trackbacks(0) |
海辺のカフカ(下)
海辺のカフカ〈下〉
海辺のカフカ〈下〉
村上 春樹

「あなたは今なにを考えているの?」と佐伯さんは僕に尋ねる。
「スペインにいくこと」と僕は言う。
「スペインに行って何をするの?」
「おいしいパエリアを食べる」
「それだけ?」
「スペイン戦争に参加する」
「スペイン戦争は60年以上前に終わったわよ」
「知ってる」と僕は言う。「ロルカが死んでヘミングウェイが生き残った」
「でも、参加したいのね」
僕はうなずく。「橋を爆破する」
「そしてイングリッド・バーグマンと恋に落ちる」
「でも実際には僕は高松にいて、佐伯さんと恋に落ちてる」
「うまくいかないものね」
僕は彼女の肩に手をまわす。
君は彼女の肩に手をまわす。
彼女は君に身体をもたせかける。それからまた長い時間が流れる。
「ねえ知ってる?ずっと前に私はこれとまったく同じことをしていたわ。まったく同じ場所で」
「知ってるよ」と君は言う。
「どうして知っているの?」と佐伯さんは言う。そして君の顔を見る。
「僕はそのときそこにいたから」
「そこにいて橋を爆破していたのね」
「そこにいて橋を爆破してた」
「メタフォリカルに」
「もちろん」
君は両手で彼女を抱き、抱き寄せ、唇をかさねる。君の腕の中で彼女の身体から力が抜けていくのがわかる。
「私たちはみんな夢をみてるんだわ」と佐伯さんは言う。
みんな夢を見ている。
「あなたはどうして死んでしまったの?」
「死なないわけにはいかなかったんだ」と君は言う。(本文より)


村上春樹の「海辺のカフカ(下)」です。
上記の主人公と佐伯さんのやり取りが凄く好きです。ちなみに主人公は15歳。佐伯さんは50歳過ぎです。この後、2人は部屋に帰ってセックスをします。なんかベルンハルト・シュリンクの「朗読者」みたいです。(ごめん。朗読者は、まだあらすじしか読んでないですけど)上記のやり取りは、ヘミングウェイの「誰が為に鐘は鳴る」が元ネタだす。海辺のカフカは、至るところに元ネタがあります。マクベス、プッチーニ、シェークスピア、アドルフ・アイヒマン、ナポレオン、夏目漱石、ロルカ、フランツ・カフカ、プラトン、ディズニー、レイディオヘッド、プリンス、ジョン・コルトレーン、ベートーヴェン、カーネルサンダース、ジョニー・ウォーカー…あげたら切りがないくらいに元ネタがあるんです。ロックからクラシック、古典文学からディズニーアニメーション、ケンタッキーやウィスキーまで。こういう『ひけらかし』的な表現が僕のヲタク心を捕らえて離さないんです。例えば、自分がプリンスが好きで、物語中に『セクシーマザーファッカー』がBGMで流れていたら、ちょっと嬉しいと思うんですよね。(僕はプリンス聴かないですけど)

まぁ、そんな感じです。

カフカくんも、ナカタさんも、ホシノくんも、サクラも、佐伯さんも、大島さんも、登場人物全てが魅力的です。僕は、大島さんがいちばん好きです。なんてったってゲイですからね、大島さん。ホシノくんも好きだなぁ。

アフターダークも読んでみようかな。

| 趣味のはなし | 19:18 | comments(2) | trackbacks(0) |
海辺のカフカ(上)
海辺のカフカ〈上〉
海辺のカフカ〈上〉
村上 春樹

「プラトンの『饗宴』に出てくるアリストパネスの話によれば、大昔の神話世界には三種類の人間がいた」と大島さんは言う。「そのことは知ってる?」
「知りません」と僕は言う。
「昔の世界は男と女ではなく、男男と男女と女女によって成立していた。つまり今の二人ぶんの素材でひとりの人間ができていたんだ。それでみんな満足して、こともなく暮らしていた。ところが神様が刃物を使って全員を半分に割ってしまった。きれいにまっぷたつに。その結果、世の中は男と女だけになり、人はあるべき残りの半身をもとめて、右往左往しながら人生を送るようになった」
「どうして神様はそんなことをしたんですか?」
「人間を二つに割ること?さあ、どうしてかは僕も知らない。神様のやることはだいたいにおいてよくわからないんだ。怒りっぽいし、あまりになんというか、理想主義的な傾向があるしね。想像するに、たぶんなにかの罰みたいなもんだったんじゃないのかな。聖書にあるアダムとイブの楽園追放みたいにね」
「原罪」と僕は言う。
「そう。原罪」と大島さんは言う。(本文より)


村上春樹の『海辺のカフカ(上)』です。この記事を書くのは6回目です。何度書いても、海辺のカフカの面白さを伝えることが出来ないので、書いては消してを繰り返し、結局、何も書かないことにしました。とにかく興味のある人は読んで下さい。

僕は、村上春樹先生が好きになりました。
| 趣味のはなし | 18:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
異邦人
異邦人
異邦人
カミュ, 窪田 啓作

他人の死、母の愛−そんなものが何だろう。いわゆる神、ひとびとの選びとる生活、ひとびとの選ぶ宿命−そんなものに何の意味があろう。ただ一つの宿命がこの私自身を選び、そして、君のように、私の兄弟といわれる、無数の特権あるひとびとを、私とともに、選ばなければならないのだから。君はわかっているのか、いったい君はわかっているのか?誰でもが特権を持っているのだ。特権者しか、いはしないのだ。他のひとたちもまた、いつか処刑されるだろう。君もまた処刑されるだろう。人殺しとして告発され、その男が、母の埋葬に際して涙をながさなかったために処刑されたとしても、それは何の意味があろう?(本文より)


カミュの処女作『異邦人』です。これを読み終わって、これほど自分の頭が足りないことを歯痒く思ったことはないです。言いたい事を表現し切れない。低学力と罵られた東北に生まれ、県内でも超が付くほどの低レベルの工業高校へ進み、工場の一整備士になった僕には如何せん、自らが望む様な表現力も語彙もない。こんなに良い物を読んだのに、どんなに美味しい食事も舌がなかったら意味がない。どんなに美しい裸婦でも、メクラじゃダメで、ゲイ術的な音楽もツンボじゃダメなんです。かなり読み込まないと細部が理解できないんです。誰かに優しく解説して欲しいところが後半には山ほどありました。今の僕が確かに言えるのは、僕が共感しましたよってことくらいです。

僕は、主人公のムルソーと一緒で家族は母親しかいません。結婚しても母と一緒に住むつもりは今のところありません。お金を貯めたら、老後の母を、老人ホームに入れてあげようと思っていました。でも、一緒に住もうかとも考えています。ただ母のことを思うと、見知らぬ土地で決して仲の良くない僕と一緒に余生を暮らすということがお互いにとって有益とは思えないからです。母も一生地元に居たいと言っていますし、どうしようか思案中です。ただ、絶対に一緒に住むんだとは思えないという話です。また、僕は常々から周りに「母が死んでも、葬式はあげたくない」と言っていました。それは、葬式をあげるよりも、生きてるうちに何かしてやった方がよほど彼女の為だろうと思うからです。葬式にお金をかけるよりは、彼女のしたいことをさせてあげたいと思うから、そう言っていました。死体は、死体であって感謝もしないし、何かを感じたりもできません。人はよく『死んだ○○も、きっと喜んでいる』と言うけれど、僕は、それに相槌打つことはあれ、「それは単に自分がそう思いたいだけだろう」と思いましたし、それを口にしたこともあります。『地球が泣いている。地球の為に』という言葉にも、ちっとも賛成できません。地球は知的な生命体でも何でもなく、ただ回ってるだけの天体です。泣きもしませんし、笑いもしない。何も感じたりはしませんよ。地球の為じゃなくて、自分の為にとエゴを満たす為だと、どうして言えないのだと口にしたこともあります。

果たして、僕という人間は重罪人でしょうか?自分で言うのも何ですが、それなりに真面目に働いているつもりですし、人並みに法律も守っているつもりです。ゴミも落ちていたら拾います。以前は、桜が咲いている公園のゴミを拾って回りました。それは、桜にゴミが似合わなかったから拾ったのです。僕の視界の妨げだったので、回収しただけであって、決して、周りの人のことを考えた訳ではありません。僕は、母親が死んだ次の日でも、セックスをするかもしれません。オナニーをするかもしれません。しかし、僕は母親を愛していないのでしょうか?僕と母親の関係を第三者が否定し、それは確固たる社会的意味を持って、形而下に『僕が母親を愛していない希薄な人間である』と証明するのです。僕が、葬式をあげず、死んだ人間に感謝を示さず、地球に感情などないと言い、オナニーやセックスをしたとして、それが僕という人間が、全く人を愛さず、無感情な人間としては著しく欠陥のある人間だと、僕のことを知らないし、知ろうともしない人間に決定させられ、それが社会に認められ僕が死刑になるとしたら?僕の犯した罪とは何か。僕が地球の歴史に敬意を抱かない訳ではない、死者のこれまでの行いに敬意を抱かない訳ではないにも関わらず、『地球や死者に感情はない。それはモノに過ぎない』と言ってしまえば罪人なのです。人は嘘をつかなければ罪人なのです。Hidekunは、いつも言っています。『本当のことを言えば嫌われる』って。『本当のこと』が、真実でも虚無でも、それは大した問題ではない。ただね、思ったこと、感じたことを素直に、虚飾無しに、ありのままに言ってしまうことは、この社会では『罪人』なんです。今も昔も、フランスでも日本でもね。罪人なんですって、断言は良くないな。罪人になり得るんです。

ただ僕はムルソーの様に知的でもなければ、確信もない。この考えに全てを委ねるだけの自信もないし、社会でも生きて生きたいと執着してしまう。だから、ムルソーの様に死を受け止めるだけの真理には未だ辿り着かない。今死ぬのも20年後に死ぬのも代わりはない。ただ死という真理が、そこにあり、それに向かって進むだけだ。何処で死のうが、どんな風に死のうが、それには大した意味などない。ムルソーは、確かそんな風に言ってたと思う。僕も以前、「生きていることに意味などない。ただ生まれて、ただ死ぬだけだ。虫の一生に誰も意味など求めはしない。ただ人は頭が良いから、知識があるから、そこに意味を見出そうとする。自分に意味がないのは、あまりに寂しいから。あまりに虚しいから。生まれてきた理由なんて、後から誰かがつけたものだと俺は思う」と言ってたから、その言葉を見つけて、心底、その通りだと思ったけど、楽に生きたかったら、そんなことは思っても口にするもんじゃないなと思いました。ただ、僕は自分と似た考えの人がいたことが非常に嬉しかったんです。

最後に、カミュ自身が書いた異邦人の解説をば

…母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告されるおそれがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるほかはないということである。彼はなぜ演技をしなかったか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ。嘘をつくという意味は、無いことをいうだけでなく、あること以上のことをいったり、感じること以上のことをいったりすることだ。しかし、生活を混乱させないために、われわれは毎日、嘘をつく。ムルソーは人間の屑ではない。彼は絶対と真理に対する情熱に燃え、影を残さぬ太陽を愛する人間である。彼が問題とする真理は、存在することと、感じることとの真理である。それはまだ否定的ではあるが、これなくしては、自己も世界も、征服することはできないだろう。



異邦人とは、誠実すぎる不誠実な無実の罪人の様に思えます。


で、異邦人の簡単なあらすじなんですけど

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| 趣味のはなし | 13:44 | comments(0) | trackbacks(0) |